プシェロフ

 チェコ東部のプシェロフの国鉄駅は、鉄道マニアなら建物を見るだけでも楽しくなるだろう。2002年ごろに改装されてしまったが、かなり歴史的な部分が残っている。東のスロヴァキアとの国境近くでベチョヴァ川が生まれてこの街を流れ、西南に向かいモラヴィア川に合流する。モラヴィア川はさらに南下してスロヴァキアの首都ブラティスラヴァを経由してハンガリー共和国に入るとドナウ河と呼ばれ、最後に黒海に流れ込む。琥珀街道はベチョヴァ川に沿った街道でもあった。琥珀街道はウイーンまで続きそこからイタリアとバルカン半島に続いていたと言われている。



プシェロフの人口は戦前1万であったが、戦後になって大きな工業が起こり発展して現在5万となっている。チェコでは中規模都市である。日本人の目を引くことだが,町の中に空手や剣道の学校がある。


町の紋章はズブルという野生牛の頭が中央にあり、その左右に門、中央上部に冠が描かれる。ピィボヴァー・ズブルというのが地元のビールメーカーで1873年に製造販売を開始したと書いてあり、プシェロフはビール1,000年の歴史があると豪語するが、チェコでは昔どの家庭でもビールやワインを作っていた。今でも作ろうとすれば可能だ。