世界文化遺産のレドニツェ/ヴァルティツェ

昼前には目的地のひとつレドニツェに到着した。レドニツェとヴァルティツェはお城と庭園で文化的景観のカテゴリーとして1996年に世界文化遺産に登録された。

 
ドイツ系リヒテンシュタイン家はハプスブルク家領内にいくつかの領地を持っており、そのひとつがレドニツェであった。この地を13世紀に得て城を建て夏の住居とした。チェコ領土では銀鉱山が各地に開発され繁栄を極めていた時代でドイツ人の入植が盛んな頃だった。
14世紀半ばには少し南のヴァルティツェにも城を建て,以降1918年チェコが独立するまでその名門貴族がじつに広大な領地を所有した。ドイツ系貴族が牛耳ってきたチェコ領土の中にあってさえ特別広大な土地に財産を築きあげたリヒテンシュタイン家だった。
 
 
小さな裏門から入城した。観光案内所ではレドニツェ城は英語でシャトーという単語を使っているが、それに相応しい大型で棟の多いお城である。が、裏にある館はまだ修復が途中で、壁は崩れ名城の一角とは思えない建物の門をはいる。これはギリシャ風の建物で馬術学校としてつかわれた建物だから天井はたかく簡素な仕上げだがなんともいえない風格をもつ。それは欧州での厳格な意味での中世時代には騎士道というのがあって、乗馬は彼らにとり必須課目であった。もちろん贅沢な課目であった。だからもと乗馬学校という建物は気品に満ちた贅沢さが漂っている。


シャトー構内を進む。オーストリア国境にごく近いということもありオーストリアからきている観光客がとても多い。彼らにとっても興味が尽きないレドニツェのお城なのだろう。お城正面は有名な造りになっている。19世紀半ばに改築したときのウイーン人の設計建築を担当した人物が英国に滞在して学んでいたから、英国風ネオゴシック様式になった。もっともここの部分はいろんな様式になっているから、ネオゴシックという表現が適当かどうかわたしには分からない。お城を東から外観してはっきり理解できるのは、上部はあきらかに英国風になっていることだ。東からながめると、それはえもいえぬほど美しく優美さをそなえる,チェコでは珍しいお城である。ガイドが説明したように、英国はロンドン郊外のウインザー城に似ている。


お城正面をもう一度眺める。一度ルネッサンス式に改造した名残であろうか建物の右方向から手前に出っ張っている翼部分はルネサンス式、19世紀半ばにネオゴシックとバロックに改築した名残の左方向から手前に出っ張っている翼の方は懐古調ゴシックに見える。お城の中央部分はルネッサンス式であるが、その中央部の上の搭部分は英国ゴシックのお城のそれに見える。


お城内部を女性のガイドさんに説明してもらった。真鍮製シャンデリアが天上から15メートルも下がっているのが入口の間。一角獣,アフリカ室,サロン,メキシコ貝の十字架,150年前の中国製壁紙の部屋,中世の甲冑4体が飾られている騎士の間などを見学した。少しずつうちとけてくれたガイドさんは、ここでやっと写真を控えめに撮ってよいと囁いてくれたから「騎士の間」の窓ガラス越しから遥かかなたにある60メートルを誇る,庭園に聳えるミナレットを撮影した。チェコに礼拝堂は数え切れないほどあるが、イスラム教礼拝堂に付属する細長く気品に満ちた搭ミナレットを見たのは初めてのこと。異国趣味とはいえチェコでは驚きの建築物のひとつと言って差し障りはないだろう。


中国・日本のコレクション,図書館の木造階段(5年間かけて3人の職人により作られた樫の木の巨大な階段),ロシア皇帝三帝会戦の前にリヒテンシュタイン家に贈呈した二つの花瓶はウクライナ地方のマラカイト製,ご夫人が黒人の子供の手を握っている有名な絵画、など見学した。絵のなかに描かれた黒人は大人になっておしろの一部を経営したそうである。


このリヒテンシュタイン家は宗教に拘らなかったのでお城内部にもカトリック的な装飾が少なく貴族が所有したお城としては珍しい。



レドニツェにはフランス式庭園や広々としたイギリス庭園がある。池があり、川が流れる公園には世界各国から集められた樹木が生い茂る。庭園にいろんな様式の建物が建てられている。わざと遺跡風に仕立て上げた古城が面白い。ミナレットさえ建築して現在では価値のある記念碑でもある。この位の高いドイツ人貴族も外国の旅行が趣味であった。


19世紀に建築された温室ではキャースト・アイアンの骨組みがとうじの最先端であった。この巨大な温室には世界中から集められた木々が茂っている。


尚、この名門家族も栄華を極めたあと一次大戦後はチェコの管理下におかれ第二次世界大戦オーストリア、ドイツが敗戦、チェコからドイツ人が追放されたのを受けて、リヒテンシュタイン王国に帰っていった。13世紀から20世紀までのあいだに蓄積した貴族の富は天文学的数字であったろうと思う。


*ビールをグラスに注ぐ
 喉が渇き一休みをしたくなった。城内の一角に売店があるので覗いてみた。ビールを所望すると、ビア樽の蛇口からかってに注ぎなさいとコップを渡してくれるからわが日本女性は飛び上がって大喜びした。タップから生ビールを注ぐという体験は初めてのことだからコックを下げて美味そうなチェコビールが自分のコップに流れ込む様子をながめて楽しそうな笑顔をつくってクックと笑っていた。彼女たちは本当に楽しそうな笑顔をつくっていたから美人の顔がいっそう美しく萌えていた。
3女性がこの作業に挑戦したが、たいへん嬉しかったといつまでも言っていた。旅先での女性心というのか旺盛な好奇心というものか!! 彼女たちのスナップ写真を眺めてもう一度驚いたが,この上なく幸福な微笑みをたたえている!!



実はレドニツェ城の見学に入る前に、地元の野外レストランで食事をしていた。初夏といっても日差しが強いから木陰の長ベンチに座って地元の料理を楽しんでいたが、この時もビールをたらふく飲んでいた。チェコではどこにいても、どこで一休みをしても、ビールがよい。ホップの味がいつまでも続くのがいい。


 ヴァルティツェ城の観光は割愛する。


*国境について
 オーストリアとの国境について説明すると、国鉄ではブジェツラフ駅が国境駅で、自動車で行く場合はミクロフ市が国境の町となっている。レドニツェ・ヴァルティツェからその国境の町・国鉄駅辺りまでの間には数知れないほど多くの歴史的な建造物が残っている。
古い記念的な建物などに興味がある方にとっては二三日ではとてもすべてを見ることができないだろう。貴族の依頼によりウイーンやイタリアの設計士、建築家が贅を尽くした門、館、宮殿などたくさんある。
その上、呑み助にとっては堪らないことだが、いたるところにワインセラーがある。ほとんどが地元の人だけがたまに家族や友達をさそってワインと食事をする、農家が片手間に運営するワインセラーだ。古ぼけた洞窟の奥底に何十年も寝かせてあるワインがひんやりとして保管するのに最適な隅に転がしている。何千年前から使われてきた洞窟か所有者はべつに気にも留めていない。頼めばワインと食事を準備してくれる。もうひとつ趣向をこらしたければ、地元の民俗音楽団を呼ぶこともできる。ワインは人を陽気にするから民俗音楽を聴くときはビールよりもワインの方がお勧めである。土地に根ざす田舎の伝統音楽はたいがい陽気な雰囲気を醸しだすのだから。そんな場面には高級な地元のレシピーでつくる料理がいい。日本食はその場に似つかわしくない。


 という次第で、今日の夕食は洞窟ワインと肉料理を手配していた。


*洞窟でワインと食事
 地下の洞窟の中は15メートルの長さで幅は8メートルぐらい。薄暗くてひんやりとしている。そこでたくさんの種類の赤と白のワインを試飲した。
豊満なマダムが木樽に長い首のガラス棒を差し込み口で適当量のワインを吸い上げる。それを私たちのグラスに注ぐ。わたしたちは神妙に鼻でその生きたワインの匂いをかぎ次に少しだけ口に入れて舌でゴロゴロとまわす。味が口の中で広がってからゆっくりと喉に通して胃袋に運ぶ。この儀式を、いろいろな味と匂いと微妙に異なる色合いの赤ワインと白ワインで試した。微妙に味も香も異なるのに、ぜんぶ美味しい、と思った。そしてワイン攻めにすっかり酔ってしまった。みなワインに酔ってしまった。


この洞窟ワインセラーの試飲会で喋りっぱなしだったマダムは少し遠いところのワイン置き場に車を走らせた。食事はべつの女性がベンチの上に用意した。


食事は鶏のテリヤキだった。たんねんに焼いて味付けされた肉は柔らかくて美味かったし、その時にもワインが攻めてくるほど大量に振舞われた。食っては飲み、飲んでは食った。腹いっぱいになり酔っ払った私たちは次のことを考える。
美味しすぎるものを残していくのも残念だから肉は持ちかえりようの袋ドギーバッグに入れてもらい、ワインは飲料ボトルを空けて詰め込みたいと。食事を運んでくれた年増の女性にお願いした。そうしたらドギーバッグはOKだと引き受けてくれたが、ワインの持ち帰りはダメだと言って硬い表情をした。


それではと、寒い洞窟から出て道路わきにあるベンチに座ってそこで残りのワインを飲み続けた。ワインセラーを背景に写真を写す者もいた。私はベンチに横たわり眠って夢を見た。


いろいろな名前のワインがあるのだから、いろいろと意味のある赤や白のワインが世の中にあるのだから、もっと気のいいワインだってつくれないだろうか…
酒によっているわたしに寄り添って、愛を語ってくれるようなワイン、
元気が出ないときに、ちょっぴりきつい声で、勇気を出しなさいよと励ましてくれる様なワイン、
本を読みつかれたときに、目薬はいかがと優しく囁いてくれるようなワイン


夢から覚めたわたしは、小説家カレル・チャペックのワインの話の短編小説を思い出した。夢はチャペックの短編小説にある話から脱線し、私流に色づけしたワインになっていた。ワインの夢は楽しい。


 ワインセラーのマダムが戻ってきた。アイスワインのボトルをたくさんかき集めてきたのだったが、わがご婦人方はぜんぶ購入した。ついでに、わたしたちが食事で残してしまったワインもすべてボトルにつめて土産にしてくれたのだった。年増がやってくれた。
http://4travel.jp/traveler/fk/album/10084779/